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国分寺市の歴史

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 江戸時代

江戸時代の国分寺市は、幕府の天領(直轄地)となり、代官の支配下に置かれていました。承応3年(1654年)に玉川上水が完成し、享保年間(1716年?1736年)には武蔵野の台地に開墾の鍬(くわ)が入ることになりました。幕府の政策で盛んに新領開発が行われ、急速に集落が発達しました。武蔵野新田82ヶ村の新田開発には、名主の川崎平右衛門定孝が大きな功績を残しました。また、このころ玉川上水の西岸に桜が植えられ、江戸の人々の行楽の地となっていました。

 明治時代・大正時代

明治22年(1889年)の町村制の施行により、国分寺村、恋ヶ窪村、内藤新田、戸倉新田、本多新田、榎戸新田、野中新田六左衛門組、平兵衛新田、中藤新田、上谷保新田の10村および府中宿、本宿村の一部が合併し神奈川県北多摩郡国分寺村が誕生しました。同年に甲武鉄道(現JR中央本線)が開通し、国分寺駅も開業することとなります。

 昭和時代

昭和15年(1940年)には町制を施行し、東京府北多摩郡国分寺町となりました。その3年後の昭和18年(1943年)には、東京都制が施行され、東京都北多摩郡国分寺町になりました。そして、アジアで初となる東京オリンピックが開催された昭和39年(1964年)の11月に、東京都で14番目の市として国分寺市が誕生しました。現在では人口も12万人を超える市となり、安心して過ごせ、市民に「住んでよかったまち・住み続けたいまち」といわれるまちづくりを推進しています。

(国分寺市資料提供)